僧帽弁閉鎖不全症

僧帽弁閉鎖不全症はわんちゃんの心臓病の中で一番多い病気です。心臓には4つの区画があり、血液は全て一方通行で心臓の中を通っていきます。それぞれの部屋の間には一方通行を仕切る弁が存在しています。そのうち、左心房と左心室の間にある弁の名前を僧帽弁といい、この弁が変性して機能が弱くなると血液の逆流が起き(僧帽弁逆流)、心雑音が聞こえるようになります。この弁が病変を持つことで、うまく閉鎖しないため、僧帽弁閉鎖不全症という名前がついています。心臓の雑音は表のように6段階に分けられます。雑音が大きくなってくると、触るとわかるような振動(スリル)を伴うこともあります。心雑音は病態に相関するとも言われているので、必ず心臓病のワンちゃんは聴診をします。また、早期発見は心雑音を確認することが重要ですので、混合ワクチン、狂犬病ワクチンなどの受診の際は聴診することが重要です。

症状

初期は心雑音が聞き取れますが、はっきりした症状が出ないことが多いです。中期には運動量の低下、咳が出る、呼吸が荒いなどの症状(呼吸数の増加:小型犬で1分間に30〜40回以上)、浅くて早い呼吸が30分以上続く、舌が紫色に見られるようになります。更に進行すると、肺水腫、失神といって命に関わることがあります。

検査

胸部レントゲン検査

一般的に心臓病の時は心臓が大きくなるため、レントゲン検査で心臓が大きくなっているか確認します。レントゲン検査では全身状態や身体検査ではわからない心臓の大きさ(VHSの測定)や左心房拡大(VLASの測定)を評価することができます。心臓の大きさは僧帽弁閉鎖不全症の重症度を反映していると言われています。また肺も同時に評価して、肺水腫などの異常がないかを確認します。

肺水腫治療前

レントゲン検査で通常では肺は黒く映りますが、肺水腫は白くみえます。
このレントゲン写真は僧帽弁閉鎖不全症により肺水腫を併発した症例です。

肺水腫治療前レントゲン写真

肺水腫治療後

治療後、肺水腫は改善しましたが、依然として心拡大があるため、僧帽弁閉鎖不全症の治療を継続します。肺水腫は再発するため、循環器のお薬を調整して処方します。

肺水腫治療前レントゲン写真

肺水腫治療後のレントゲン写真

心臓が正常の子のレントゲン写真

心臓が正常の子のレントゲン写真

超音波検査

僧帽弁閉鎖不全症の確定診断として超音波検査を使用します。僧帽弁の形態、血流、心臓のどこの拡大かをみていきます。

わんちゃんの僧帽弁閉鎖不全症の症例

わんちゃんの僧帽弁閉鎖不全症の症例です。腱索断裂による僧帽弁の逸脱、左心房が重度に拡大しています。

モザイク血流

超音波検査ではカラードップラー法により僧帽弁逆流であるモザイク血流が観察できます。

超音波検査

血液検査および血液生化学検査では心不全の合併症がないかを確認します。特に腎臓の数値を測定することが重要です。心機能低下と腎機能低下が相互に悪影響を及ぼすことが知られており、これは心腎連関(CvRD)と呼ばれています(リンク)。CvRDの症例は僧帽弁閉鎖不全症の単独の症例より予後が悪いことが報告されているからです。また、腎臓数値以外の基礎疾患の有無を確認していきます。血液検査および血液生化学検査は初診時や定期検査時に確認しています。

また心臓バイオマ―カーを測定する場合があります。心筋細胞から分泌される特殊な物質の血中濃度を測定することで、僧帽弁閉鎖不全症の早期発見や重症度の評価を行います。僧帽弁閉鎖不全症の犬では心不全の重症度が高いほどANP やNT-proBNP が高くなると言われています。本検査は外注検査になるため、結果が出るまで3〜7日かかります。

治療

当院では米国獣医内科学会(ACVIM) のガイドラインを元にして治療方針をご提案しています。ステージはレントゲン検査、心エコー図検査、身体検査および症状により決定します。以下の治療は参考です。症例ごとに容体が異なるため、別の治療を併用する場合があります。

ステージB1

肺水腫の既往歴がなく、心拡大が認められない場合
基本的に治療の必要はありません。ただし、6-12ヶ月毎に定期検査を行い、心臓の状態を確認しています。聴診では心臓に雑音が見られるため、聴診を定期的することが重要です。

ステージB2

肺水腫の既往歴がなく、心拡大が認められる場合
以下の内科治療が推奨されています。

  • 強心薬:血管拡張作用と強心作用の両方の作用を持ち、心不全症状の軽減に有効です。
  • 食餌療法:ナトリウムを制限した心臓病食

ステージC

肺水腫が発症している状態です。肺水腫は肺に水が溜まるために酸素を取り込めなくなり、重度の呼吸困難を発症します。その際は集中治療を行うため、入院治療が必要です。

酸素吸入:酸素室で高濃度の酸素を吸入することで、呼吸が少し楽になります。
利尿剤:排尿させることで全身の血液量を減らし、心臓の負担を減らします。また、肺に溜まっている水分を取り除く効果があります。
強心薬:心拍出量の低下が認められる場合に使用します。心臓からの血液駆出を増やし、全身の血液循環を改善すると共に肺水腫を軽減させます。
など

ステージD

ステージCの治療に抵抗性があり、心不全徴候を呈する状態である。上記の薬の増量およびその他の循環器薬の併用が必要となる場合がある。

心臓手術

当院では心臓手術は行うことができません。心臓外科手術をご希望の飼い主様は手術可能な施設をご紹介しております。

心臓病の治療は長期に渡ることも多く、飼主様方にも協力をお願いすることが多くなります。長い経過において、本人の呼吸状態は非常に重要な情報となるため、上記のような症状が気になる方、症状はないけれど早期発見や健康診断を考えている方も、気になることがあればまずはご相談下さい。

※夜間や休診日は夜間動物病院をご利用ください。